大きな独り言

ありのままいる場所。

読んでくれてありがとう

去年、新調しようと買ったスーツのジャケットのサイズをワンサイズ間違えていて、それが発覚した時に涙が止まらなくなったことがあった。いつも絶望感は思わぬ方向からやってくる。

今日は仕事が忙しくて、新しい取引先との関係も出来て、全体的に見れば良い日だったのだけど、退勤した後にフラフラと銀座のネオンの中を歩いていたら悲しくて仕方がなくなり、どうして良いか分からなくてケーキを買った。

家では「どうすればいいかわからない」が頭をぐるぐる回り、疲れて今までただ眠っていた。

私は極度の頭痛持ちで、少しの刺激や気圧で動けなくなってしまう。だから薬は必須で、毎月外来に通う。信頼出来る今の医者に会うまでが辛かった。頭痛は患者が多いため、かっこうの商売になり、冷たい医者が多いからである。「頭痛患者の100点満点を叩き出してますね。大変でしたね」と言われた時は、診察室でめちゃくちゃ泣きそうになった。

人の痛みって本当に見えないから、、、私も頭痛はなるべく隠すようにしているし(回数が多すぎるので)人間はひとりでに皆闘っているんだなと思うと切ない。

何も人と人で殺し合うことはないんだよ。

2月は冬季鬱がひどく悪化してしまい、よく文章を書いてしまって申し訳ないと思っている。誰にそう思うのか判らないけど、「投稿多いよね」という何気ない言葉を人に貰うたびに責められているような気がしてしまう。書くことで吐き出す、そうやって私も自分の闇と折り合いをつけているのかもしれない。

私はきっと人よりも感受性が強く、それが良くも悪くもアイデンティティの真ん中としていつも重たい。もっと冷ややかに受け止めることだって増やしたい。

シェルターの中で寒さに震え、頭上の爆撃音に死を覚悟する者たちが、今まさにいるこの時。

ここを読んでくれている皆さんありがとうございます。私はたまに突き放すような事を言ったりしますが、基本は知ってもらうことで救われています。大抵突き放す時は、貴方に嫌われるのが恐いんだと思います。

私に出来ることは、明日の生活も丁寧に、それだけだ。